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2025-12-16

仕入日記:型染作家「染太郎」

次の東京出張の時には連絡してみよう、少し前からそう思っていた作家がいました。
それが今回会ってきた「染太郎」山岸治親さん。1994年生まれの若手型染作家です。

その仕事ぶりは正に型染界のニューカマー!といった趣き。
独特のユルさ、脱力感、自由奔放なデザイン。
ともすると先輩方が眉をひそめかねない、そんな大胆さがあります。
しかしそれこそが「染太郎」の魅力でもあります。

それもそのはずで、彼が型染めにハマったきっかけは、こちらもポップで大胆なデザインが魅力の作家、宮入圭太さん(全国を巡回した「民藝 MINGEI」展のグッズなどを担当されていたのも記憶に新しいですね)。
生まれ育った新潟を出て上京はしたものの、特に目的もなく何となく暮らしていた山岸さんでしたが、宮入さんの作品に出会って「これだ!!」と思ったのだそう。

それ以来個展などに通い続け、遂に宮入さんに声を掛けてもらい(若いし背も大きいし目立っていたそうです)、師弟関係のようなものがスタートします。
弟子入りしている訳ではなく、あくまで助言をもらっているだけだそうですが、技術面だけでなく精神的にもサポートして頂いているのだなと、そのお話しぶりから感じました。

そんな異色の型染作家ですが、芹沢銈介や柚木沙弥郎といった型染の大作家たちへのリスペクト、伝統工芸や民藝への思いもしっかり持っています。
直接会ってお話をしてみて、言葉の端々にそれを感じました。
自分がこの仕事を今できているのは、先人たちが道を切り開いてくれたおかげ。
だからこそ自分ももっと力をつけて多くの人に型染に興味を持ってもらい、この伝統技法を未来に残したい、そんなことを話していました。

いわゆる伝統工芸というものがジャンル問わず抱える問題は、型染にもあります。
作家活動を下支えする業者が廃業したりして、入手しにくい材料も多いのだそうです。
柚木さんの染布が晩年生産中止となったのも、長年お願いしていた染め職人が高齢で辞めてしまったためと聞いたことがあります。
焼きものの窯元も、年々窯の修繕を頼める業者が少なくなるとか、小鹿田では唐臼を作れる若手がいないとか、薪が入手しにくくなってきたとか、そうした例は枚挙に暇がありません。

伝統工芸のすそ野を広げるというのは、何も作家を増やすだけではなく、そうした工芸の仕事に何かしら携わりたい、そんな人も増やすのではないかと思います。
そういう意味でも若手が自由な発想で、下の世代にも伝わりやすい表現で工芸をやる、これは意義深いことなのではないかと。

店主は常々フラットな気持ちで民藝と向き合いたいと思っていますが、ついつい考えが凝り固まり我ながら窮屈さを感じることもあります。
今回こうした意欲溢れる若手作家との対話を経て、芯さえあればもっと軽やかでも良いのかもなと、そんなことを思いました。

そんな「染太郎」こと山岸治親さんの仕事はこちら

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それにしても、柚木さんの80代以降の仕事が世に齎したものは大きいですね。
あの年齢であれだけ軽やかな楽しい仕事を残されたことに、改めて感謝します。
この東京出張では柚木さんの「永遠のいま」にも行けましたし、有意義な5日間でした。

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