仕入日記:小代焼 中平窯(なかでらがま)
マルクトスコレーではONLINE SHOPのみでスタートした初期から、小代焼にルーツを持つ作り手の品々もご紹介してきました。
九州の伝統的な焼きものとして、いずれは小代焼も取り扱いたい。そう思っていた店主。
昨年ようやくそのタイミングが訪れ、2025年最初のPOP-UPでお披露目したのが、中平窯(ながでらがま)のものでした。

正直言って、こういう類のいわゆる焼きものらしい品、土くさい品を扱うのは、ほんの少し勇気が必要でした。
江戸時代から変わらぬ技法で続く小鹿田焼ともまた違う、この渋い魅力が果たして当店のお客様に伝わるだろうか?
敢えて初お披露目を年明けのSTEREO COFFEEでのPOP-UPにしたのは、先入観の無い若い方々の反応を見たい、そんな目論見もあったからです。
結論としてはこれは全くの杞憂で、寧ろ若いお客様ほど「かわいい!」「きれい!」と手に取ってくださり、嬉しく思うと共に安心しました。

当店は民藝をルーツとしながらも、民藝にこだわり過ぎず「いま」の生活に馴染む良いもの美しいものをご紹介したいと考えています。
とはいえ民藝の考え方に共感するところは多いし、その土地だからこそ生まれ今なお人の手により伝統を守りながら続くもの、そんなものに惹かれます。
今現在、民藝の基準を満たしているかにはさほど重きを置いていませんが(というか現代でそれを満たすのは相当困難)、自然と近しい品をセレクトしてしまう、といったところでしょうか。

小代焼は江戸時代に細川家の御用窯として栄え、当時は基本的に肥後藩の中で流通していました。
特徴としては鉄分の多い小代粘土と藁灰や木灰などを使った釉薬による流し掛けの技法です。
他藩との交流が少なかったことでその特徴がさほど変わらないままに、現代に受け継がれました。
明治以降、藩の庇護がなくなったことで一時は衰退しますが、昭和初期に再興の動きがあり、2025年現在11軒の窯元が小代焼を名乗っています。
中平窯は1991年、西川講生さんにより開窯された小代焼の窯元です。
今は息子の智成さんと親子二代で小代焼に取り組んでいます。
講生さんは今は途絶えてしまった一勝地焼(熊本)、それから小代焼ふもと窯での修業を経て独立されました。
元々陶工になりたかったのですか?と伺うと、いやいや全然、仕事が無かったから、と笑っておられました。
今でこそ小代焼に真摯に向き合っておられますが、かつての住み込み職人は皆そんなものだったのでしょう。何度か逃げ出したこともあるそうですよ。

一方で息子の智成さんは幼少期から父親の仕事を間近に見て育ち、根っからの焼きものマニア。
大学で陶芸に加えて美術や工芸を体系的に学んだ後、父親の元で小代焼の陶工となりました。
お話を伺っていると次々に資料を取り出しながら説明してくださるので、店主としてはとても勉強になるし面白い。
後々調べてみると民藝に対しても造詣が深く、というか柳宗悦マニアでもあるようで(完全に支持している訳ではありません悪しからず)、益々興味深いです。
精力的にnoteを更新されているので、ご興味おありの方は是非ご覧ください。

小代焼は素朴で力強く、特に登り窯で焼かれた青小代の美しさはつい見入ってしまうほど。
中平窯は研究熱心なのでガス窯でも風合いを出して焼くのが上手だし、ガス窯でしか出せない色もある(中平窯の特徴のひとつ、艶やかな美しい黒など)のですが、やはり登り窯で焼かれたものには特に惹きつけられます。
智成さんが登り窯の頻度を増やしたいと仰っていたので、これからどんな焼きものを見せて頂けるかとても楽しみです。

ちなみに当店でお馴染みの小鹿田焼ややちむん(沖縄の焼きもの)では重ねて焼く技法が一般的ですが、小代焼ではそういった例は過去見られませんでした。
しかし効率的に量産するには良い方法、ということで、今年2月に初めて登り窯でいくつかのアイテムを重ねて焼いてみたそうです。
これがまたとても良い。鉄分の多い赤土なので蛇の目(重ねた跡)が寧ろ良い景色になっていて、3月のPOP-UPでは蛇の目のある品から売れて行きました。

肝心なところは守りつつも伝統を更新していく、この姿勢こそ続ける上では必要とされることです。
実際当店で扱う伝統工芸の作り手たちの話を聞くと、しばしば耳にするのがそういう話だったりします。
守りに入り過ぎても伝統は守れない。この塩梅が難しく、バランス感覚が問われるところです。
ところどころ脱線しましたが、新たにお取り扱いをはじめた小代焼の品々、ぜひともお手に取られてくださいませ。→ ONLINE SHOP

最後の画像は南関あげ丼。南関あげは小代焼のあるエリアではお馴染みの特産品です。
10年以上前に食べた南関あげ丼がこれだと思い込んで訪ねた店主、美味しいけど何か記憶と違う・・・移転?改装?と思っていたら、二度目の中平窯訪問の帰りに見つけました、10年前に行った店。
次に伺う時は今度こそ思い出の南関あげ丼を食べたいと思います。